海賊王
「俺さ、海賊王になりたいんだ。」
「先輩何言ってるんですか。」
「俺さ、海賊王になりたいからさ。お前クルーとして乗せてやるけどどうする?」
そんな意味の分からない話を唐突に切り出す先輩の顔は自分を試すような顔つきだった。俺に付いてくる覚悟があるのか?と。
先輩は変な人だった。
ラインの返信は適当にしかしないし、いつ現れるかもわからない。
ただ、僕が暇だなって思ったときに限って決まっていたりする。そんな男。
「お先輩久しぶりですね、何してたんですか」
「それが実は逮捕されてて、、」
「何ですかそれ!」
先輩は変な人だった。
いつも謎の話題を持ってくるし、話題がない時も「海賊王になる」などといった訳の分からない話題を投げてくる。
でも僕は先輩と二人でいるときは他の友人といる時では全く味わえない気持ちをいつも抱えていた。まるで例えるならば宇宙にいるような感覚だった。
いつも訳がわからなくて広大、でもリアル、そんな不思議な雰囲気に心地よさを感じながら。
初めて会ったときから意気投合して、僕たちはよく遊んだ。
ある時はカラオケボックスでコスプレを借りて女子トイレに一列に並んで突っ込んだり、
ある時は斎藤さんという知らない人と電話するアプリでマッチしたゲイの人のオナニーを自ら上半身を脱ぐことで手伝ったり、
ある時は空き瓶にエタノールやガスを塗って火炎瓶を作ってみたりしていた。
「何言ってるんですか、甘えないでください」
そして先輩は他の人からはすこぶる人望がなかった。
年下からも舐められ、正論を突き立てられてはいつもだんまりしていた。
それは彼が普通から見たら意味の分からない言動を取りがちであることが理由にある。
先輩はあまりにもその日暮らしで行動に筋が通っていなかった。
派遣のアルバイトに行ったのに帰る分の交通費を持っていなかったり
自転車置き場がなくてその辺の草むらに自分の自転車を隠したり
もうやらない、と自分に約束したことを次の日平気でやったり
「躁鬱なんだよな」
周りからは陰でそう言われていた。
しかし彼は
「理屈じゃないんだよ。」
そう一人で呟いていた。
そんな先輩が僕は好きでいつも一緒にいた。
先輩と居れば、普通の友情を超越したなにかがある。
理屈じゃ意味わかりやしないことをしているけどなんでか楽しい。
そんな思いを抱くことが出来たからだ。
確かに先輩は躁鬱で間違いないのかもしれないがそんなことは面白いことが全ての僕には何も関係なかった。
しかしそんな先輩との関係は僕が壊してしまった。
「何で約束破ったんですか」
先輩のことを自分だけは信じていて、自分だけには嘘を憑かないと思い込んでいた。
だからある日約束を破られたときにかっとなって怒ってしまった。
彼は約束なんて言葉とは無縁の男なのに自分に矢が立った瞬間に怒ってしまったのだ。
連絡を取らなくなってしまった。
それから疎遠な日々が続き、彼は地元の実家に帰って行ってしまった。
もう彼は帰らない。
それでも彼と過ごした時間は確かにあって、それは行ったこともないけれど宇宙みたいで、喧嘩別れをしたけれど一緒によく遊んで他の誰といるよりも楽しかったことは確かな事実で、それが僕を苦しませた。
それから僕は先輩の地元に会いに行った。
先輩はレンズが仄暗い眼鏡をかけていた。
「これパソコンをする時、ブルーライトをカットする奴なんだけどさ、なんかかっこいいから仕事の時も普段も常にしてるんだよね。」
相変わらず訳が分からなかった。
でもそんな変わらない事が僕を安心させたのか、なぜか嬉しかった。
その日はまた前みたいに遊んだ。自分が怒ったことも謝った。気にしてなさそうだったけど。
夜になってメールアドレスを交換して僕は帰った。
その後何か月かして、彼はラインも辞め、メールアドレスも消去していた。
先輩は自殺するような人でもないし今も適当に生きてると思う。
僕はもう追うのは辞めた。
けれど、もしいつかどこかで会えたなら
またあの時みたいに、遊ばせてよまた。
いまなら何となく分かるかもしれない。
あの時海賊王になりたい、と言っていた意味が。
いや、やっぱりわかんないな。
おわり