陰毛大臣

人間オタク

俺の嫌いな事

スピカは昔愛した女の好きな星だった。今スピカを目線の先に向ける彼女に写る景色は滲んで何も見えていないのかもしれない、と考えていた正木は女の背中から近付けずにいた。
「正木くん、言葉って重すぎて人が扱いきれる物ではないのね。」
埠頭に立って空を眺めるワンピースは背後にいるのを正木であると知っていたかのようにそのまま語り出す。
「貴方は私が賢い女だと思っているかも知れないけどそれは水に浮かべたら溶ける紙のよう、確かな実体を持たない物よ。女はいつも考えてるのに上辺の言葉だけの心が空っぽの人間を好きになってしまう。言葉を噛み砕く暇もなく好きになって苦しんでしまう。この時代メールじゃなくて文通だったら良かったのに。」
正木は今彼女と交際している者の不誠実さを時々耳にしていた為、彼女の状況を容易に把握出来た、そして彼女に怒り立ち込めていた。
「泣いているの?」
「全然、涙なんて枯れちゃった。私にはしっかりスピカが観測できている。」
目の前の小さな背中を赴くまま抱き締めていいのか考えた正木はこの気持ちが恋なのか愛なのか逡巡していた。
「正木君、君ははそうやって立ち止まって悩む事が出来るから私は貴方といると安心できるわ。」
「君はなんでそこまで見透かした様に僕の気持ちがわかるのにこんなに失敗するんだ」

彼女の寂しい背中は何も語らない。

「なんで半年前僕の事を置き去りにしてあんなのと付き合ったんだ!」
気付くと落ち着き乱した正木は早口でまくしたてる様にして彼女を責めた。
「それは正木君が言葉にしないから!わかりやすい態度を取らないから!私は正木君から言葉を貰えなかったからずっと孤独だった。」
「僕が露骨に褒めたり気遣ったり愛を囁かないからって賢い君ならあいつより僕の方が君の事を愛していた事なんて分かっているはずだろう。」
「わかんないよ!言葉にしてよ!伝えなきゃ伝わった事にはならないんだよ!」
「じゃあ伝えるよ、僕は君の事が好きだ!こんな陳腐な言葉しか出ないけど僕は半年前から一歩も進まずに君の後ろに立っている、振り向いてよ!」
2人は嗚咽するほど泣き噦っていた。
強い波の音が収まった頃に彼女は落ち着き直して正木の方を向き、腕を拡げて言った。
「やっと伝わったよ。私とあなたでビックバンが起こった。これからは2人で1人のコペルニクスになったの。」
正木は彼女からの返答にやっと体が少し軽くなって笑顔で呟いた。
「僕は女みたいな君の事が大嫌いで、大好きだ。」
「うるさい。私も正木くんが大嫌い。」

「君は落ち着き乱すと急に言葉遣いが子供みたいになるんだね。」

「うるさい。」
新しい世界を作った正木と由紀は孤独の観測者になって燦爛と輝くスピカを見上げた。