陰毛大臣

人間オタク

いや僕が女ならこんな人生送るけどね

この町には変な姉さんがいる。

「変」て単語を使うと辺鄙なのだが、僕にこれ以外の言葉は見つからない。まだ中学3年生だから未熟ということで。

 

小学生の高学年の頃から急に現れた推定20台半ばのその姉さんはいつも服を着ていない。水着だ。水着で街中を出歩いている。

ここの地域は小さな街で、海の本当に傍なので夏になると水着の女性が街を歩いているなんて事はざらにあるのだが、秋になっても冬になっても水着にサンダルで歩いているものだから、街の皆はすっかりその顔を覚えてしまった。

姉さんはどの時間でも現れる。そして水着であること以外は何もおかしい所は無く、そうある事が当たり前かのように、それが世界の常識かと思わせるような平然さで過ごしている。不思議と通報されることも無い。

 

思わず見蕩れてしまうようなグラマラスな身体つきをしている彼女は、下校中に見かけた時はよく僕達を興奮させた。

僕は姉さんを見かけた日の夜にはよくその姿を思い出して手淫をする。今年中学を卒業するというのに僕は未だに童貞で、彼女もいた事がない。同年代の異性と上手く話せる自信もなく、性交してみたいという興味と欲求だけでここの所は暮らしている。

 

そしてある日の自慰行為を終えた時に姉さんに話しかけてみようと決意し、今日偶然見かけた所ノープランで話しかけた所が今現在僕が置かれている状況なのである。

「何?」

僕と同じくらいの身長で、カラコンを入れたのか少し大きく見える瞳が平行に僕だけを見つめる。僕らの頃は相当モテたのではないかと思うような整った顔立ちだ。

ぶっきらぼうに返してきた返事に僕の元々何も考えていないような脳味噌は白紙になってしまった。

 

頭の中がどうしようどうしようと循環しているうちにその循環の中に本能的に目の前の彼女に対する邪な気持ちが割り込んだ。

「ぼ、僕とセックスしてください」

やってしまった。僕は初対面の人になんて事を言ってしまったのだろう。

「すみませんでした」

思わず謝る。頭を下げてから恐る恐る顔を上げて上目遣いで姉さんの顔を確認すると、彼女はさっきと全く変わらない表情で眉ひとつ動かさずに目の前の中坊の頭を見つめていた。

それからどれくらいたっただろう、多分一瞬なのだろうけども僕には10秒位は経っているように思えた。僕を見つめる姉さんは急ににちゃっと艶やかな笑顔を見せた。

「いいよ。家まで付いてきて。」

 

姉さんはそれだけ言うと翻してすたすたと歩いていった。僕は今どんな状況なのか全く理解できないが、これに遅れてはいけないと直感的に感じたので、あわてて後ろに直ぐに着いて歩いた。

 

姉さんの家は古そうなアパートの一室だった。

彼女が家に帰るように玄関に入るので僕も続いて玄関に入った。2人が入ったドアが閉まった瞬間に彼女は振り返ってドアと自らの体とで僕の事を挟んだ。そして「付いてきて」と言ってからは一言も発しなかった口が開いた。

「頂戴。君の今持ってるお金全て」

僕はドキリとした。この人は普段からこんな悪徳商売をしているのではないか、と即座に思った。それでもこの身に接着する異性の身体と僕の臆病な心が

「はい、払います」

と言わせてしまった。

どうしよう、今月のお小遣いが全て無くなってしまう。

それでもこの3000円で自分の童貞が今卒業出来るかもしれないと思うと背に腹はかえられない気分だった。

絡められた体を剥がして財布を取り出し、なけなしの3枚を取り出す。

「3000円しかないの?」

笑いながら姉さんは尋ねた。

「そうなんです、1ヶ月3000円しか親から貰えなくて、一昨日貰ったばかりです」

「一昨日貰った3000円を今日全て使っちゃうんだね」

姉さんは笑っているような困っているような僕にはよく分からない笑みを浮かべた。

「靴脱いで入りなよ」

僕はそう言ってサンダルを脱いで家の中に入っていく揺れるお尻に誘われて家の中に入った。古そうなワンルームアパートだが、ガラスの机と椅子2脚がちょこんと置いてあり、その隣には不格好に布団が敷かれている。

「椅子、座って。」

言われるままに僕は椅子に座った。彼女は氷を入れたカップを用意し、水を水道から汲んで僕と自分の元に置いて同じく机を向かいにして座った。

「私、風俗嬢だけど分かってる?」

1言目に発した言葉がまず強烈だった。そして噛み砕くと当然かと思い、また当然か?と自問自答した。

「どこの、ですか」

「あの2丁目にあるソープランド

2丁目のソープランドは中学生の間では割と有名だった。ラブホテルすら見当たらないような廃れたこの観光地に唯一目立ってある異質な風俗なのだから。

「街を歩いている皆は知っているんですか」

なるべく空白を作らぬよう、素直に疑問に思った事を尋ねた。

「知ってる人もいるし、知らない人もいる。街を歩く人は知らないフリしている人も多いかな」

「なんでですか」

「それはこんな格好しているから。同じと思われたくないんじゃないの?普段キリッとしたサラリーマンから妻子持ちだっている訳だし」

「なんだか悲しい話ですね」

「悲しくなんてないよ。だって私の事を知ってる人は皆私の事を好きだから。それでもそれぞれの生活がある、それを侵さない事もまた大人であることだと思う。それと私の存在が当たり前になって欲しくないし」

「そうなんですね」

僕は目の前の真面目な話をしている彼女の言葉と身なりのギャップに戸惑っていた。

「私、露出するのが好きなんだ」

2つ目の暴露に身体ごとビクンと動いてしまった。そんな初心な僕の様子に彼女は囁かに笑って続ける。

「私、この街に露出する為に来たの」

小学生高学年の頃に初めて水着でいつの時期も歩くエロい女性が不自然に現れたのを僕もよく覚えている。

「3.4年前ですか?」

「そう、よく知ってるね。4年前。私は仕事にも疲れてかくあるべき姿に囚われない何かになりたくて仕事を辞めて引越しまでする事を決意した」

「僕にはまだ遠い話でよく分からないことです」

僕は知った被るよりは素直に感想を述べた方がいいと感じた。

「それでなんで風俗嬢に?」

「お金が入るから。こんな私でも夢があるの。このソープのお客様も含めて、スナックを開きたい。1人で」

「その為にお金を」

「そう、これは資金稼ぎと人脈作りのため。やっぱりずっと1人だと寂しいでしょ」

「そうですね」

道歩く人の誰にもその人の人生があり、夢があるんだなあと、僕は何故か甲斐性にもなく勝手に感傷に少し浸った。そしてもうひとつの気になる事を尋ねた。

「なんでお姉さんの存在は当たり前になってはいけないんですか」

姉さんの僕と並行な瞳は話続けている中は僕の瞳を掴んで離さない。

「それは露出している事が当たり前になったら気持ちが良くないからね。いけないことをしているって気持ちを残していたいから」

それは何とも子供らしいというか、単純な解答であった。

「ご飯食べて良く寝て、性欲を発散する。本当にこれだけをしに私はこの街を選んで引越してしたの。これで私の話は終わり」

なんて本能に忠実な人なんだろう。僕は当たり前のように学校を卒業して大学へ行って同じ会社で定年まで働く、それが当たり前であり、たった1つの形だと思っていた。こんなに自由を体現している人はいないし、当たり前でないこの事を実行する勇気に僕は感銘を受けた。僕はこの人の事をもっと知りたい。

ふと気付いたら机の上に先程の3000円が置かれていた。

「それで、童貞は卒業する?私でいいなら構わないけど」

僕はこの人の話を聞いて人間にはなんでも出来るのではないか、という気持ちに満ちていた。これは一瞬の気持ちではあるのかもしれないけれど、今なら街中を大声で駆け抜けることだって気になる同級生の女の子に告白する事だって出来そうだ。

「いいえ、僕は卒業しません。でも素敵なお話をありがとうございました。生きる勇気が見つかりました。3000円はお姉さんに渡します」

お姉さんは母性を含んだような僕の事を包み込むような優しい笑みで微笑んだ。

「性病も怖いですし」

「性病なんて持ってないし!」

柔らかそうな頬と口が膨らむ。

その後に姉さんは思い付いたように話し始めた。

「それじゃあ賭けをしよう。この3000円は暫く私が預かる。君が19歳になるまでに童貞を卒業出来なかったらこの家にお金を取りに戻っておいで。1番恥ずかしくて、気持ちがいい童貞の卒業させ方を私がしてあげる」

僕の喉がごくりとなる。

「それで卒業出来た時は?」

「それは言わなくても分かるでしょう?」

お姉さんは3枚の紙幣を揃えて置いて、その上に重りを置いた。

 

それから僕達は1時間程色々な世間話をした。彼女の事を詳しく知り、また僕の事を知ってもらった。

 

「じゃあ今日は帰りな」

「はい」

一段落住んで日が沈み掛けた頃、彼女は僕に別れを提案した。

僕はここから何か1歩を踏み出せるような気がして、それでいてあまり長くは無かったがこの出会いの終わりに寂寥感を覚えた。

「また」

「なに?」

「また、話してくれますか?」

「ダメ、君が19歳になるまでは。道端で話していたら露出の楽しさが無くなっちゃう。それに私の存在は19禁だから」

正直少し期待していただけに即座に断られて僕は残念な気持ちになった。

「だけど」

目の前の艶やかな彼女は続けた

「歩いてる時に会ったらアツい目線は送っちゃうかもね」

僕はその言葉聞いて安心した。僕は見えない何かを求めたくて、それでいても迷っても戻れて安心出来る何かが欲しかったのかもしれない。それは僕の1番欲しかった言葉だった。

 

「お姉さんのスナック、出来た時には絶対に行きますからね」

 

僕のこの出会いは僕の中の何かを変えるかもしれない。そして殻を打ち破ってかくあるべきものに囚われない僕になった暁には僕はこう言うんだ。

「僕の人生はどの季節も水着で街を歩いている風俗嬢のお姉さんに変えられたんだ」って。

 

 

 

 

 

 

 

 

うい